半泣きの詩(うた)R 

「半」のつく言葉が好きだ。半泣き、半笑い、半ケツ、半身、半熟、半殺し等々。 どれもこれも中途半端な状態を表していてコミカルだ。 半殺しなんかはちょっと物騒な響きだが、それでもきっちり殺されるよりはマシである。 世界は中途半端であふれ返っている。 このブログでは大泣きするほどのことではない、でも半泣きくらいにはなってしまいそうな日常のシーンを掠めとって、読んでくれる人を半笑いにしたいと思います。

はじめて大人に裏切られた話。


 大人に裏切られるというのは、少年少女にとっては、それこそ“大人”になるための、もしくはこの腐った社会で生きていくための通過儀礼のひとつだ。

 事情や状況に違いこそあれ、思春期あたりに誰しも経験しているはずだ。

 僕の場合は高1のときだ。
 高校生になった僕は生まれてはじめてアルバイトというものをした。
 
 専用のいかめしい機械を使って段ボールを加工する肉体労働だった。部活をしながらのバイトだったので、過酷なことこの上なかったが、2週間弱で8万数千円のお給金を得ることができた。

 受け取ったお給金を居間のお膳に並べて、僕は使い道を思案した。

「高校生がそんな大金持っててもしゃーないやろ。銀行に預けてきてやろ」

 てんで考えがまとまらない僕にそう提言したのはおかんだった。

 なるほど。慌てて無理に使うこともないな。

 得心した僕は、端数の数千円だけ手元に残し、8万円をおかんに手渡した。

 翌日。銀行に行ってきてくれたかと、おかんに訊くと「あ。すまん。忘れた」と言う。「明日は絶対行ってくれよ」と念を押したのだけれど、次の日訊いてもまた「忘れた」だった。

 その次の日は「行くには行ったけど、もう閉まってた」と言うので、さすがにおかしいと思った僕はおかんに詰め寄った。

「おい。お前、まさか使い込んだんと違うやろうなあ!?」

 すると、おかんはまるでお手本のように開き直って言った。

「おう。使った。使ったわ。何が悪いねん。ここまでお前ら育てるのに、一体いくらかかったと思ってるねん。ほんまはもっと欲しいくらいや」

 怒り心頭に発した僕は激しくおかんを罵ったが、まったくこたえたようすはなかった。

 そうだ。僕が初めて大人に裏切られたのは、他でもない、我が母親だったのだ。

 なかなかの衝撃だった。

 ただ、不思議と恨みはない。

 時が経ち、子を持つ親となった今の僕には当時のおかんの苦労がわかるからだ。

 いや、もしかしたら当時既に僕はおかんを許していたのかもしれない。
 女手一つで僕と弟を育ててくれているおかんに、口には出さないが感謝の念があったからだ。 

 ま、だからと言って開き直るのはどうかと思うが。

 ところで、この間ちょっとした機会があったので、このことを冗談めかしておかんに言ったら

「いつまでもそんな昔のことに拘るな。お前もケツの穴の小さい男やのお」

 というアンビリーバボーな答えが返ってきた。やれやれ。

 





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