半泣きの詩(うた)R 

「半」のつく言葉が好きだ。半泣き、半笑い、半ケツ、半身、半熟、半殺し等々。 どれもこれも中途半端な状態を表していてコミカルだ。 半殺しなんかはちょっと物騒な響きだが、それでもきっちり殺されるよりはマシである。 世界は中途半端であふれ返っている。 このブログでは大泣きするほどのことではない、でも半泣きくらいにはなってしまいそうな日常のシーンを掠めとって、読んでくれる人を半笑いにしたいと思います。

『子供叱るな来た道、老人笑うな行く道』というけれど・・・


この間、野暮用があって京都市の市バスを利用した。

京都駅から乗った。

バスの中ほど、2人掛けのシートに1人で座った。

すぐ前のシートに髪を紫に染めたおばあちゃんが1人座っていた。

次の停留所から乗ってきたおばあちゃんが、僕の前の紫ヘアおばあちゃんを見て

「いや~、久しぶりどすなあ」

と、言いながらその隣に座り、近況を語りはじめた。

紫ヘアのおばあちゃんも、笑顔で相づちを打ち、話を聞いたあと自分の近況を語った。

お互いの近況を語り合ったタイミングで、後から乗ってきたおばあちゃんが、

「ところで、山田はんは元気にしてはるの?」

と、訊いた。

紫ヘアのおばあちゃんが

「わてが、山田だ」

と、言った。

笑ってしまった。

“子供叱るな来た道、老人笑うな行く道”

という言葉がある。でも、この場合、笑うなという方が無理だ。

ただ、笑っておいて言うのはなんだけれど、僕が笑ったのは、その“シチュエーション”であって、決しておばあちゃんを

馬鹿にしたからではない。先の言葉にあるように、自分もやがて行く道なのだから。

いや、大体、現時点で僕にはおばあちゃんを笑う資格はない。

実は僕、近所のホームセンターに車で行ったのに、その車を忘れて家まで歩いて帰ったことがあるのだ。

深刻な考え事をしていたとはいえ、あり得ないことだ。

そんな僕が老人になると、市バスで遭遇したおばあちゃんなど、比にならないくらいのボケをかますに違いない。

数十年後、どこかで信じられないボケをかましているジジイを見かけたら、それはきっと僕だ。思いきり笑ってやってほ

しい。もし余裕があって、キレのあるツッコミなんぞを入れてもらえたりしたならば、これ以上の幸せはない。


                   でも、『笑い』って結局、差別なのだろうかと思ったりもする・・・どないやんねん。合掌。





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